更新日2019/11/11

 

中和田收(なかわだおさむ)

 

●1968年10月15日生まれ

 

●現在・妻と娘(11歳)、猫と暮らしております。

 

●自営業・自由業

 

●趣味・温泉・PCイジリ(仕事)・キャンプ・家族

 

年表

 

●1968年10月15日・福島県小野新町で産まれる。

 

●0歳〜5歳・埼玉県戸田市

 

●幼稚園から茨城県牛久市。この幼稚園で現在の妻と出会う。

 

●小学生時代・暗くはなかったですが、大人しい性格。ヤンチャとは無縁です。極々フツーの少年。少年野球をやっていました。松本零士アニメが好きで、絵をよく描いていました。成績は真ん中くらい。

 

●中学時代・野球部と期間的に陸上部に所属(人数の少ない学校だったので、陸上部がありませんでした)。長距離は学年1番。800m走では県大会決勝まで進む。2年生の時にテクノグループYMOに心奪われてしまい、運動も勉強も3の次になってしまう。成績は中の中くらい。

 

●高校時代・中の中くらいの生徒が集まる、偏差値52の一番近所の高校に進学。中学から「音楽をやる!!」と決めていたので、入学と同時にアルバイトを決め、ほぼ同時に楽器のローンを組む。今思うと、本当に親に申し訳なかったのですが、とにかく学校をサボりまくりました。アルバイトとバンド活動に明け暮れました。

 

●アルバイトはファミリーレストランのココス。ここでの経験は、今でも大きく影響することになります。

ここで社会的なマナーや挨拶を覚えたように思います。

 

●大学受験落ちる。法政大学・日大の2つしか受けなく、どちらも不合格。

 

●半年間だけ浪人しましたが、「本当に自分は勉強したくて大学に行きたいのか?大卒の肩書きが欲しくて大学に行きたいのか?」と問いかけ、大学はやめました。今でもその判断に間違いはなかったと思います。行ったとしても、ろくに勉強はしなかったと思います。

 

●大学受験をやめて、続けていたバンド活動一本にしました。アルバイトをして楽器のローンを支払いながら、プロのミュージシャンを目指しました。担当はドラムで、作詞や作曲もしました。

しかし今振り返ると、「もっと真剣にやるべき」だったと思います。

 

現在自営業をしていますが、バンドで食べていくというのも自営業。

自営業としての覚悟が無さすぎました。

 

●アルバイトでは給料が安過ぎてダメだと思い、正社員の仕事にもつきました。しかし、メインはバンド活動のため、本当に適当な働き方をしました。今思うと、ふざけた青年だと思います。僕が社長なら、絶対雇いたくない人間です。

 

●27歳。バンドもうまくいかなく脱退。中途半端な生き方をしていたので、彼女にもフラれる。「こんな生活ではダメだ」と、音楽は一切手を切り、はじめて「面白そうな仕事をしよう」と思いました。

 

そこで選んだのが「コメスタ」と言うイタリアンレストラン。当時、今の妻が働いていて、紹介してくれました。この職場から、グダグダだった人生が変わってきました。

 

楽しく仕事をしていたら、いつの間にか評価され責任者を任されるようになりました。

 

そんな立場になったのに、「どうしても今のうちに、日本一周をしたい!!」という思いが湧き上がり退職。北は北海道・宗谷岬。南は沖縄・波照間島へと車の旅をしました。

 

●日本一周から戻り、幼稚園からずっと一緒だった妻と事実婚という形になる。31歳で正式に結婚。東京のホテルマンになり、「やはり自分はサービス業が面白い」と、あらためて感じる。

 

しかし、早朝5時には家を出て、仕事状況によっては帰れなくてホテルに泊まり。給料は手取り16万。「もし子供が産まれても、ろくに子育てに関われないし、家なんて一生無理」

 

●そんなことから東京のタクシー会社に転職。お給料は、人生で一番多くいただき、この時に家を買いました。

 

お給料は良かったのですが、24時間働いて、24時間休むという勤務体系。運転中の睡魔も酷いもので、「いつか必ず事故を起こす」と、妻と相談して退職に向けて行動する。

 

妻の「マッサージ上手いんだから、マッサージの仕事をすればいいじゃん」の一言で、思い切ってマッサージの世界に行きました。

 

24時間タクシー運転手をして、寝ないでそのまま東京のお店で修行するという生活を数ヶ月。

「うん!やっていけそう!」と、タクシーを退職しました。

 

●買った家の近くで働きたく、近所の温浴施設で働くようになる。

深夜まで働く生活で、帰宅はいつも2時くらいです。その深夜に飲酒運転に追突され脳震盪を起こす。飲酒運転はそのまま逃走(翌日捕まる)

 

これをきっかけに、「深夜に働くのはやめよう」と妻と話し合います。

そして、全く考えてもいなかった自宅開業をすることになりました。

 

●35歳で自宅兼店舗で独立開業。部屋の1つにマッサージベッドを入れて開業しました。

https://www.nakawada.online/

 

開業して、人生ではじめて一番勉強するようになりました。

手技の追求・経営の勉強をするようになりました。

 

●38歳で待望の娘誕生。

 

●42歳。地元でもそこそこ評判の店になりました。「教えて欲しい」という若者が出てきて、「セラピストスクール」を開始しました。現在、卒業生さんは、同じように開業しています(続かなかった人もいます)

https://grinblue.jimdo.com/

 

●45歳。卒業生さんの活躍の場という意味で、2店舗目を出しました。これが大きく失敗しまして、数百万の負債を抱えました。この失敗を機に、「自分には人を雇う能力は皆無」と判断しました。

 

●2店舗を潰したのは失敗だけでなく、この時に必死でweb集客を意識しました。チャラチャラしたイメージだったSNS集客も「そんな事を言っている場合じゃない!!」と、必死に勉強しました。web集客が当たるようになりました。

 

●46歳。2店舗目の失敗と、web集客の成功経験から、ビジネスセミナーやコンサルティングを開始するようになりました。

 

●48歳。マッサージ業で、人さまの相談に乗ることが多いのを機に、妻の勧めから「数秘術」を学ぶ。現在は「道ひらき数秘術」という名称で活動しております。ライフワークのように楽しくて仕方ないです。

https://www.nakawada.online/michi/

 

●49歳。動画専門の有料オンラインサロンを開始。YouTubeで動画の勉強をするようになったら、有料にしている自分なんかより、あまりにも良い動画を無料にしていることにショックを受ける。

 

毎月課金でお金を取っていることに、もの凄い罪悪感とプレッシャーに潰されてしまいました。13ヶ月で閉鎖。かなり大きなビジョンで始めたことだったので、支店を潰した次にショックでした。

 

●50歳。年始に僕の宝である親指を怪我してしまい、大きな収入源であるマッサージ業からの収入がストップになりました。

 

自分の年齢。まだ11歳の娘のこと。家のローン。市場の動向などなど考えに考え、ドテラのネットワークビジネスを収入源の1つとして加える。今までのweb集客のスキルを活かし、インターネットだけで集客しています。

https://www.doterramlm.com/doterra/

 

紆余曲折ありながらも、自営をして15年。常に進化しております。

 

書き終えて思いましたが、これ読んで信頼失くしそう💦と焦ります(笑)

ただ、15年自営業をし続けていることだけは、かなり凄いと自負しております。

 

たくさん失敗を経験しているからこその言葉もあります。

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